〜追悼〜麻生武志先生

哀しいお知らせです。
前理事長の麻生武志先生が 1月8日12時22分 ご逝去されました。
大変残念なことで言葉にならないものがあります。
先生の生前のご指導に感謝しまして ご冥福をお祈り申し上げたいと思います。

 麻生武志先生の訃報に際し、30数年の思い出が走馬灯のように頭をよぎります。26歳のときに、初めてお目にかかったとき、オーストラリアの学会で日本への学会招致に向けての英語のスピーチに感動し、1999年の国際閉経学会を強力なリーダーシップで開催されたときのこと、懇親会でのご家族でのご演奏、ベルリンの国際閉経学会での日本からの数ある発表を一つずつ丁寧に指導されていたこと、日本更年期医学学会(現在の日本女性医学学会)の立ち上げから運営、そして2004年にはNPO法人HAPを立ち上げられ、生涯にわたる女性の健康支援の重要さを内外に周知される姿を目の当たりにし、そして2013年に理事長を私に引き継いだ後は、丁寧に後方支援と指導をしていただいてきました。大きなバトンを10年近くかけてつないでくださいました。今、そのバトンの重さを痛感しています。この数年で多くのメディカルスタッフが育ち、HAPの活動を支えてくれるようになりました。次世代に向けての継承 そしていま目の前にいる多くの日本の女性の方たちに恩恵が発揮できるよう精一杯の努力を続けてまいります。麻生武志先生佳津子先生ご夫妻に天国から見まもっていただけると信じて頑張ってまいりたいと思います。哀しいことではありますが、輪廻転生を信じて精進いたします。麻生武志先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。

NPO法人HAP 理事長 宮原富士子

 麻生先生を偲んで

 HAPの産みの親である麻生武志先生が1月8日にご逝去されました。
 HAP、Healthy Aging Projects for Women は、女性のライフステージに応じた健康・疾病管理の改善と向上を図るための情報を一般女性・医療関連従事者に伝え、ウィメンズヘルスケアのあり方を提言することを目的として、2004年、麻生先生の声掛けで設立されました。設立時の世話人は、麻生武志、太田博明、水沼英樹、久保田俊郎、野崎雅裕、の5名の産婦人科医達でした。 HAPの名称を決める会議でした。野崎「HAP、何か入浴剤の名前みたいですね。」、麻生「HAP、うーん、いいじゃないですか。」、全員「それでは、HAPでいきましょう!」ということで、HAPの活動が開始されました。
  麻生先生はHAPを設立される前は、日本更年期医学会を立ち上げ、現在の日本女性医学医学会へと発展させました。学会のみならずHAPを見守ってくださった麻生先生の存在は、私たちにとって慈父のようでもありました。
  1999年、日本初の国際閉経学会を主催された麻生先生は、会長主催の晩餐会で奥様のピアノ伴奏とともにバイオリンの演奏で国内外の来賓を迎えられました。MCを仰せつかった私も大変感動したことを昨日のように覚えております。
  それまでも、それからも、麻生先生には、言葉では言い尽くせないくらいのご指導と暖かい励ましをいただきました。 麻生先生、これまでのご指導、誠にありがとうございました。
  HAPは先生の遺志を汲んで活動を続けます。
 HAPは先生の理想とする女性医療を目指します。
  麻生武志先生、ありがとうございました。 衷心よりご冥福をお祈りいたします。

HAP 理事 野崎雅裕

 麻生武志先生のご逝去を悼む

「北村先生、学術集会の命はプログラムだよ」

 麻生先生から僕に向けられた厳しい言葉を今でも忘れることができません。実は、平成20年(2008年)11月5日、6日、7日、シェラトン・グランデ・トーキョーベイホテルにおいて開催された第49回日本母性衛生学会学術集会の会長を拝命したときのことです。拝命といっても、遡ること2年ほど前に立候補を決めたことにあります。へき地医療の向上を目的として設立された自治医科大学医学部卒業という特殊性から、医局をもたない僕など、頼るのは僕自身が勝手に知人と決めたお偉い先生方。2007年3月には組織委員会を立ち上げ、麻生先生をはじめとした23人に委嘱状を出させていただきました。「拒否」は皆無。第一回目の委員会を3月14日に開催したところ、欠席者は僅か2人に過ぎませんでした。もちろん、「あ」行からの名前を並べますので、「麻生武志(日本母性衛生学会監事、東京医科歯科大学名誉教授)」がトップを飾るのは当然です。僕の中では、「委員長」としての役割を押し付けた形になっていました。
  初めての学術集会の会長。医局もなく、教授でもない僕などが3千人近く集まる大規模学会を担当できるのかという不安は僕だけでなく周囲の誰もが感じていたに違いありません。民間人ならではの工夫が奏功したのか、大勢の企業から支援の輪が拡がり有頂天になっていた頃、麻生先生からのひと言。「北村先生、学術集会の命はプログラムだよ」と。学者然とした麻生先生ならではの言葉だったなあと振り返っています。

何かと相談に乗ってもらって学術集会は大成功?

 一般演題数459題、イブニングセミナー、招請講演、記念講演、特別講演2題、教育講演8題、シンポジウム3題、モーニングセミナー2題、ランチョンセミナー14題、市民公開講座などを含めた参加者実人数は2,637人。お陰でなけなしの貯金を解約する必要もありませんでした。
  麻生先生には、メインシンポジウムをご担当いただきました。「Safe Motherhood」。WHO(世界保健機関)、IPPF(国際家族計画連盟)、UNFPA(国連人口基金)、Fistula Japanなど国内外の講師を招いてのシンポジウムでしたが、先生の英語力もあってシンポジウムは成功裏に終わりました。このシンポジウムが縁となって、秋篠宮妃殿下(当時)をお迎えすることもできました。


  第53回日本産科婦人科学会サテライトシンポジウム『ピルとIUD、その虚像と実像』。2001年に札幌で開催された日産婦学会(会長藤本征一郎北海道大学教授)のプログラムとして開催されたものです。この時は、IPPFの医学委員会の面々とNTT東日本関東病院の早乙女智子先生を演者にシンポジウムが開催され、麻生先生と僕が座長を担当することになりました(写真3,4)。言うまでもなく、学術的なことはすべて麻生先生にお任せ。僕はいいところ取りの役割だけを果たしています。

「現職の教授がゴルフ談義はいただけない」

 学者を貫き続けた人生でした。お互いに「異邦人?」であったことが共通項となっていたからか、親しくさせていただけたのかなと勝手に考えています。ご存じのように、昭和40年(1965年)に京都大学医学部を卒業され、昭和48年(73年)にスウエーデン・カロリンスカ研究所生殖内分泌研究施設へ留学されています。金魚の糞のように麻生先生について回っていたお陰で、Egon Diczfalusy教授ともお近づきになることができ、「The Contraceptive Revolution」の著書をサイン入りでプレゼントされるだけでなく、日本家族計画協会が主催した「受胎調節法の進歩に関する国際シンポジウム」にも何度かお招きする機会に恵まれました。「異邦人」という言い方が適切かどうかはわかりかねますが、平成元年(89年)に東京医科歯科大学教授として赴任された頃の苦労話をしばしば話しておられました。京都出身者が東京の水に慣れるのは相当大変だったようです。僕自身も自治医大の群馬県出身ですから、常々「山猿が都会で生きていけるだろうか」と不安を感じていたわけです。そのような状況を察してか、麻生先生の気配りにしばしば癒やされました。  
  銀閣寺と南禅寺の間を結ぶ哲学の道近くのマンションに招かれ、「五山の送り火」を間近に見学する機会もありました。いつもは見せない家庭の顔になって、佳津子先生に指示されるままに、僕たち来客のために鮎を焼いてくれたのを昨日のことのように覚えています。娘さんが群馬大学医学部のご出身ということもあり、何度か前橋市内で会食の機会がもたれています。
 忘れられないのは、教授退官後にゴルフでご一緒させてもらったことです。とても静かなゴルフスタイル。娘さんとそのパートナーはプロ並みですが、僕と先生は似たり寄ったり。しかし、思えば、教授在任中よく耳にしたのが、「学術集会の懇親会などで教授陣に会うとゴルフの話が尽きない。現職教授は研究に勤しむべきであって、やるのはゴルフではない!」と。麻生先生らしい言葉ですが、だから、下手なゴルフの域を超えられず、僕のような素人ゴルフ愛好家に付き合ってくれたのだなあと今となると感慨深く受け止めています。
  麻生先生、長い間ご迷惑をおかけしました。これからは、ごゆっくりとお過ごしください。(合掌)

北村邦夫(日本家族計画協会)

 麻生武志先生を偲んで

  1月8日、麻生武志先生の訃報の連絡を受けた時、全く信じられない思いでした。その理由はいくつかありますが、何しろ2か月前に大阪で開催された日本女性医学学会総会でお会いし、麻生先生を含めた数名で食事をご一緒したばかりだったからです。当時、COVID-19の感染状況は落ち着いた状況でしたので食事に行くことができたわけですが、いつものように穏やかな表情で私たちの話を頷きながら聞いていた先生の姿が今でも目に浮かびます。その時、お食事やワインの進みがいつもよりも遅かったのに、先生の体調を思いやることができなかった自分が残念でなりません。
  麻生先生は私が書くまでもなく日本の更年期医療の普及啓発活動に最も貢献された先生です。その思いは故水沼英樹先生が初代理事長に就任された日本女性医学学会に引き継がれたわけですが、2005年6月青森県で開催された第119回日本産科婦人科学会東北連合地方部会において「女性のAgingとHealth Care」というタイトルでご講演いただいたこともつい昨日のことのように思い出されます。ホルモン補充療法という言葉もまだ一般的でなかった頃から「規則正しい生活」、「バランスの取れた食事」、「適度な運動」、そして薬物療法としての「ホルモン補充療法」の重要性を話されていました。そしてこれらを包括する役割としての「心身機能の調和」の重要性をいつも話されていたのが印象的でした。
  今となっては遅いのですが、先生からはまだまだたくさんのことを学ばせて頂きたかったという思いで一杯です。これまで先生から受けたたくさんのご恩に感謝するとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。合掌!

あおもり女性ヘルスケア研究所 所長  蓮尾 豊

  麻生教授の訃報に接し

  突然の訃報にびっくりしました。1996年頃、伊豆で開催されたノバルティス主催のエストロゲンの研究会に声をかけていただきました。大した実績の無い私にまで声をかけていただきドキドキして参加させていただいたのを覚えています。その研究会をきっかけにして、麻生教授と面識を持つことができることができました。麻生教授はとてもイケメンでダンディーな方でもありましたので、知的なオーラに圧倒されました。その後、時々ご一緒させていただける光栄を得ることができました。お会いするととても優しく接していただきました。特に、2003年ころマイアミで開催された北米閉経学会では、麻生教授ご夫妻に夕食をご馳走になりました。とても楽しい時間を過ごすことができました。私にとても楽しい重要な思い出です。当時、麻生教授は世界一周航空券を使ってマイアミに来られたそうで、その移動の大きさにもびっくりしました。5年ほど前に熊本successful aging研究会にてご講演をお願いしましたら、快くお引き受けいただきご指導いただきました。あのダンディーな優しい先生にお会いできなくなるのはとても残念で、寂しい限りです。また一人、貴重な師を失いました。

熊本大学大学院生命科学研究部健康科学講座教授  河野宏明

 麻生先生のご逝去を悼み、心よりお悔やみ申し上げます。

HAP理事 秋吉美穂子

 麻生武志先生のご冥福を、心よりお祈りいたします。
  麻生先生とお目にかかるのは食事の席でしたが、幅広い話題と優雅なお話ぶりにお人柄が溢れていました。深く感謝しております。

HAP理事 石塚晶子

 麻生先生の突然の悲報に胸がはりさけそうな思いでいっぱいです。     
 優しく接していただいた数々の思い出が走馬燈のように浮かんで参ります。お別れは辛く、とても淋しい気持ちですが、感謝とお礼の心でお見送りさせていただきます。

HAP理事 西澤文恵

 お身体の具合がよろしくないことを聞いておりましたが、ご逝去のお知らせはやはり悲しいお知らせでした。 私は現理事長である宮原氏と出会い、女性の一生を我が事として考えるようになり、そして初代理事長であった麻生先生を知ることとなりました。
  麻生先生はそこにいるだけで威厳を感じるお方でしたが、先生の方から気さくにお声をかけてくださるような方でした。 女性の健康支援のためご尽力された先生の功績は計り知れないことと思います。このHAP が先生のご遺志を繋ぎ、多くの女性が自身の健康と一生について考えていくためのサポートができるよう活動していきたいと思います。
  ご冥福を心よりお祈りいたします。

HAP理事 倉持雅代

 麻生武志先生を偲んで
 軸がぶれない、信念をお持ちの、背筋がすっと伸びた麻生先生のお姿が思い出されます。寂しいです。 昨年11月の日本女性医学学会学術集会には、現地に参加されていたとお聞きしていたので、先生の訃報を耳にした時は信じられませんでした。
 最後まで、女性医学に貢献されていらした麻生先生を思い出しています。麻生先生にお会いしてから20数年、いつも道標を示して頂きました。ありがとうございました。  国内外の学会では何度も先生のお姿とお言葉に感動し、その都度先生への尊敬への気持ちが増していきました。 また、いつでもどこでも様々な場面で助けていただいたことは生涯忘れません。
  働く女性が増えていくこの社会にとって、女性医学は益々重要で広く深い分野です。 麻生先生が残してくださった果実を継承していけるよう、私も微力ながら努力してまいります。どうぞ、これからも佳津子先生とご一緒に見守り下さい。
  先生に深く感謝して、ご冥福を心からお祈り申し上げます。

HAP理事 秋吉美穂子

 麻生武志先生を偲んで
 麻生先生は11月の女性医学学会でお昼にお見掛していた為、本当に信じられないです。本当にご本人でいらしたのでしょうか。 事情も知らず、お話も出来なかったことが残念です。
  HAPのスタートから、Drでもない私達になんでもやらせて頂いた事を感謝しております。
  心からご冥福をお祈りします

HAP理事 村島葉子

 麻生武志先とのお別れがこれほど突然訪れるとは思いもよらず、ただただ悲しいばかりです。先生は時に厳しく私達をご指導下さいましたが、常に紳士的に温かく見守って下さり、その優しさはいつまでも心に残っております。 心よりご冥福をお祈り申し上げます。

HAP事務局 鶴田倫子

 このたびは麻生武志先生の訃報に接し、謹んで哀悼の意を表します。
 ご功労に敬意を表しますとともに、ご冥福を心よりお祈りいたします。

HAP事務局 若林由香子

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麻生先生にあと1回でも会いたかったという思いや声が届いています。
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どうしても実名は‥という方は 何かニックネームでお願いします。
五月雨式に掲載してゆくため、締め切りはありません。
麻生先生への感謝の意味を込めて皆様のお返事を待ちしています。
後日、ご家族にも文体にしてお届けしたいと思っています。
宮原富士子